燈心亭と待庵が見れるから…とお誘いを受け、
水無瀬神宮での官休庵の献茶式に行ってきました。
正確には、「土御門天皇祭献茶式」だそうです。
水無瀬神宮は、
承久の乱で敗れ、隠岐に流されて崩御した後鳥羽上皇を祀るために、
上皇の遺勅に基づいて、水無瀬の離宮跡に建てられた御影堂が前身。
のちに、土御門天皇と順徳天皇の神霊も合祀され、
御祭伸は、前述の三天皇。
詳しい話は他に譲りますが、何かと歴史のある神社です。
急に、寒さで震え上がるような日だったので、
メインの写真は撮り忘れました。
…ので、以前に撮った写真で失礼しました。
…とはいえ、白飛びしてて、ちょっとひどいですね。
10年以上前のコンデジはこんな画質だったのか?
私の腕なのか?
オートで撮れるコンデジで、腕…?
話を戻します。
この日は献茶式なので、メインは献茶。
献茶というのは、wikiによると、
神社仏閣寺院にて神仏や御霊にお茶を備えること…と。。
約束…というか、
指定された時間に指定された場所に行って、
水無瀬神宮に到着。
…が、早過ぎた。
これは、お茶人さんあるあるの話。
関係者である従弟とほぼ同じ時間についてるんだから、
早くて当たり前か…。
なんだかんだで時間を使い、
ようやく開いた受け付けを済ませ、
まずは燈心亭の見学から。
3度目ぐらいかな?
…と思っていたら、
そこでタイミング悪く、仕事の電話。
世の中の会社はちょうど始業時間ぐらいかな。
月曜日だから仕方ないか…と思いつつも、
昨夜に施主からメールが入った件と想像がつくので出ないわけにもいかず、
出ると、やっぱり長電話。
時間はあるんだけど、
皆さんと一緒なので、単独行動は慎むべき…と思うと、
燈心亭の見学時間が削られる。
仕方ないか。
はじめてじゃないし、
そう遠くないし、たぶん、また機会はあるだろうから、次回にゆっくりと…と、少々あきらめムード。
燈心亭は、後水尾天皇から下賜され、
御所から移築したもの…と言われている。
三畳台目の明るくて開放的なお茶室ですね。
右手のニッチの向こう側が点前座。
点前座と炉畳の間に無目敷居が通っているのと、
給仕口の自然木の枠が変わってるね。
その上の水平の付け鴨居は、給仕口の鴨居なのかな?
だとすると、不思議…。
この付け鴨居は、ちょっとうるさいですよね。
違い棚の背面は、張り付け壁なのかな?
燈心亭の名前の由来でもあるのが ↑ この天井。
山吹、木賊、葭、萩、九十九草、竹、寒竹、柿、桑などの十種余りの草や小枝が
格天井に張り詰められています。
で、この草木が灯心の素材になる材料だから燈心亭。
昭和初期以前は「七草の席」と呼ばれていたとか。
中央の附近のニッチの釣り棚の下の下地窓が、
風炉先窓なんですね。
↑ の左上に少しだけ映っているように、屋根は茅葺。
少々傷み始めてる感じだったので、葺き替えの時期も遠くない感じ。
今時、茅葺を葺き替えるのも、いろんな意味で大変ですよね。
ということで、電話を終え、慌てて見て廻って、このぐらい。
あとは、燈心亭に関しては、次があれば、次の機会にゆっくりと。
ありがとうございました。
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