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當麻寺中之坊 双塔庵丸窓席

 

當麻寺は、612年に聖徳太子の弟、麻呂子親王が創設した万法蔵院がはじまりの白鳳天平様式の大伽藍を有する古刹。

 

古代の三重塔が東西一対で残る全国唯一の寺で、弘仁時代に弘法大師が真言密教の教えを伝授して以降、真言宗の霊場となっている…と。

  

今回は、そこにある石州が造築した茶室「双塔庵丸窓席」を見学。

 

双塔というのは、文字通り一対の三重塔のことで、金堂があって一緒に写真が撮れなかったんだけど、

 

 

 ↑ これと、

 

 ↓ これのこと。

 

 

で、下の写真の三重の塔のふもとにあるのが今日のお目当ての中之院。

 

 中之坊は、平安時代には四十予房、江戸時代には三十一房あったと記録される僧房の筆頭寺院として、當麻寺内で最も古い由緒と高い寺格を伝えている…と、リーフレットにありました。

 

 

中之坊の中にある中之坊庭園は「香藕園」といい、古くから大和三名園と称される池泉回遊式兼鑑賞式庭園で、鎌倉時代に起源をもち、桃山時代に完成。江戸初期の後西院陛下(第111代後西天皇)を迎えるために石州によって改修された…というお庭。

  

…が、今は五か年計画の修理事業中。

  

見学の順路通りに進むと、この庭に至る前に茶筅塚(写真ありません)もあって、お茶と関係が深いのかな?…とも思いましたが、茶筅塚自体がそんなに古いものでもないようなので、そう関係が深いわけでもなさそう。 

 

また、詳しくは書きませんが、違う場面でもお茶にはあまり…と、感じるところがあったので、まぁ、特別にどうこう…ということではないんでしょうね。 

 

あまりお寺の概要や来歴に触れても私のブログらしくないので、これ以上のことは、いつものようにご興味のある方はご自身でお調べください。 

 

で、本題。

今日のお目当ての「丸窓席」は、↑ の茶筅塚を通り過ぎて、「香藕園」の写真を撮ろうと池の向こう側に行く途中で、唐突に目の前に現れました。

 

 

なるほど…。

でも、この違和感は何なんだろう?…というのが最初の印象。

 

この違和感の原因を、池の向こう側に廻って写真を撮ろうと移動しながら考える。

 

だから、お庭には集中できていない。

加えて、写真左手には「御幸の間」があったけど、中はよく見ていない。

これも庭と同じで、唐突に正面に丸窓席が現れて感じた違和感のせい…なんだけど、結局は自分のせい。

 

で、違和感の原因は、たぶんいろいろあるんだけど、一番は障子が暗い…ということなのかな。

 

障子の入った丸窓があって…と聞くと、明るい窓を想像するんですよね、吉野窓みたいにね。だから、外からの光を受けた丸窓が眩しく光っていて、その周りが陰になって沈んでいる…という見え方えを想像していたのに、その想像が一気に吹き飛んでしまった…ということです。簡単に言えば、単に私が勘違いしていた…ということです。

 

この御幸の間も、たぶん ↑ の後西院陛下の行幸に合わせて造ったんでしょうが、御幸の間からは、書院越しに庭を眺めて、かつ、縁側を通ってそのまま丸窓席に席入りできるようになっていました。

 

で、その御幸の間につながる部屋が丸窓の向こう側にあるはずなので、この丸窓は外に面していない。要するに間仕切りの障子(窓?)…だったんです。だから陽が射さない…というか、逆に、丸窓席の光が隣の部屋に行ってるのかな?

…といっても、こっちはお茶室だからそんなに明るくないはずなのにね。

 

とりとめがないようですが、私の頭の中では、そんな一連の考えが流れての違和感です。

 

ついでに言うと、単なる違和感なんだけど、窓を効果的に見せるにはそういう演出も普通はある程度考えると思うし、間仕切りの障子なら下端は吉野窓がそうであるように、水平にした方が使い勝手が良かったのに…とか、そんな使い勝手の方を気にしちゃうので、ちょっと不思議な開口かな…となります。

 

で、ついでのついてに言うと、またその先には、間仕切りだったら、太鼓襖でもよかったのかな?…とか。やっぱりコッチ側のの光を隣の部屋に届ける必要があったのかな?とか、何か他にあの開口を丸くする理由があったのかな?…と言う疑問が湧いてくる。

 

こんな湧いてきた疑問の答えが、リーフレットなんかに書いてあればすごく嬉しいんですけど、こんなついでのついでの疑問を抱く人も少ないだろうから、なかなかないですよね。

 

 

丸窓以外の面はというと、

開口の正面右が茶道口、左が給仕口…だろうけど、これもなんか不思議な感じ。

 

右側の茶道口は、右端に塵落としが付いているので向かって左に引くようになっているので、鴨居を通して、柱の鴨居より下の部分は裏側を斫って、建具を通している模様。

 

だから給仕口側には大小があって、給仕口をあの幅にしないと、大きい方の建具の裏で、右からと左から、それぞれ引いてきた建具が重ならないようになってるんだろうな…と。 

 

まぁ、推理ではそんなんだけど、リーフレットには描いてないことがわかって、そこで確認できない以上は自分で確認するしかなく、襖の向う側に廻ってみましたが…、

 

 

 ↑ しっかり閉まっていて、見ることはできませんでした。

 

残念。

 

大きな建具の右側、柱付けの方には若干の隙間が見えたから、この大きな建具もはずれて、お隣の部屋と一室使いが出来ようになってるんだろうな…と、また、これも想像の域を出ないわけですが、見えないからこそ、どんどん想像というか推理の幅も広がっていきます。

   

そう言えば、なんとなくですが、石州のお茶室には、あれ?っと思うような大きな建具が付いていたり…と、そんな仕掛けが時々あるような気がします。

 

 

ちょっと長くなってきたので、続きは明日。

 

 

 

 

 

 

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